Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ポタリング 東京タワー

冴えわたる冬空にそびえ立つ東京タワー。
8
東京スカイツリーにその地位を譲りつつあるかのように思える東京タワーですが、麓に行ってみるとなかなかの健在ぶりに安心しました。あの辺り一帯に広がる芝公園を幼稚園児のころは自転車で走り回っていたものです。
千葉県で育ったのですが、両親とも東京出身で父実家が芝公園にあって、一時期祖母と同居していたので、ある意味とても懐かしい場所です。子供の頃は深い森のように思えていた公園がずっと小さくて、拍子抜け。プリンスホテルはすっかり古びてしまっているし、数年前まで残っていた祖母の家も(空き家で)本当になくなってしまって、あとかたもなく空き地に。地中に埋めた深い大きいカメに金魚がいっぱい泳いでたこと、まだ70年代だったから学生運動も残っていて、よく夕方母と買い物に行く時、デモに備えた機動隊がずらりと並んでいたこと、幼稚園から帰ると一人でよくカルメン・マキや帰ってきたヨッパライや、チェリッシュやブルーライトヨコハマのレコードを聴いてたこと、まだ家の裏の土手で土滑りで遊べたこと。
それなりに懐かしい思い出がいっぱいある場所を再び自転車で走り抜けたのは感慨深いものがありました。
がんばれ、東京タワー。

11時半に出発、14時半頃竹芝桟橋到着。
さすがに道中長かったのですが、話をしながらだとさほど感じませんでした。が、帰宅間際にはかなりお尻が痛くなったことは記しておきます。
スポンサーサイト

ポタリング

以前から自転車でぶらぶらすることが好きで、中央線沿線、多摩川方面、都心部は代々木公園表参道など制覇してきましたが、最近は少し足を延ばして、いや延ばし過ぎかもしれませんが、今回は都心部を突き抜けて浜松町に抜けて、竹芝桟橋で海を見てきました。(23日)

青梅街道を走り中野区から新宿区に入るあたり
6
よく晴れた空にビル群がとても美しく建っています。自分は基本はソフトなもの、生な感じ、自然に近いものが好きですが、矛盾しているようですがビルが好きなのです。特に中野から新宿にかけては、この青梅街道沿いだけでなく中央線の車窓でもかなり気に入っているエリアです。人間がこれだけ巨大な建造物を造れるということにいつもある種の感動と勇気を覚えます。

新宿御苑横の裏道から見た風景。
7
手前の黒っぽい建物は廃墟になっていました。
古い日本映画、成瀬巳喜男監督あたりの映画に出てきそうな木造家屋と超近代的なビル群。それらのものが混在しているところが東京の魅力だと思います。

ロージナ茶房

一目見て、とても懐かしい感覚になった店です。
国立の横丁に入ったところにある、古いカフェレストラン。
神保町のどこかにありそうな感じなのですが、中に入ってコーヒーを飲んでいたら(とても美味しいコーヒーでした)もっともっと昔、幼い頃まで思い出しました。それは店内にいた家族連れの少女がナポリタンを食べていたり、年配の母と娘がグラタンを食べていたりしたせいかもしれません。子供の頃に連れられていった店の記憶ともどこか重なるものがありました。
昭和28年創業、国立の老舗喫茶店。国立という街のことはそれほどよく知りませんが、国立と言われた時にボワッと浮かぶイメージが凝縮されたような空間でした。

15

国立へ~たまらん坂~

いつの間にか12月になってしまいました。師走と言えばもう冬だと思いますが外に出ると終に近づいた紅葉がまだ美しく、落ち葉のいい香りもするしで、強く秋を感じます。
今日(5日)は夫と二人で自転車で遠乗り。国立まで行けるか、という話になりダメなら途中でひきかえそう、なるべく中央線に沿って行こう、ということで出発。国分寺を過ぎたところで公園で昼食。よく晴れた良い天気で暖かく、自転車をこぎつづけているとあつくなるくらいでした。それにしても、国分寺の周辺は若い人が多く,老若男女がひしめきあっている吉祥寺とはまた違う活気にあふれていました。印象としては、小高い山を登らされたら駅があって、油断しているとまたすぐ坂を下ろされちゃうよ、という感じの地形。以前知り合いの家にお邪魔した時は電車で来てたから、それほど地形を気にしませんでしたがなかなか侮れない場所です。それもそのハズで、もうすぐ国立になるよ、というところで夫から「確かたまらん坂ってこのあたりだったような・・」とういう声が。
え、どれどれというすぐ目の横にたまらん坂の碑が建っていました。昔は登るのはたまらん、ということで付いた名前だそうですが、思ったほど急でもないのはいろいろ造成されてのことでしょうか。、言われなければたまらん坂だなんて気付かないし、もっと言えば忌野清志郎が歌わなければ、地元の人以外は知る由もない坂道かな、という感じでした。石碑の横が小さな空き地(畳半分くらい)になっていました。清志郎が亡くなったあと、たくさんのファンがお花を供えた場所だと思われました。

3

Extra

プロフィール

takako

Author:takako
きままに音楽や映画、時々本のこと、日常のことを書きます。
ジャズ・ピアノ好き

最新記事

Flash Piano

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。