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風立ちぬ を観て

 話題になっている宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観ました。
 賛否両論、面白いと言う人と全く良さが分からないと言う人に評価が分かれているのは知っていましたが私はとても良い映画だと思いました。
 人が何かに取り組んで一生懸命生きること、一途な思いや理想を持って生きることの美しさを描きつつ、そうして潔く生きていてもなお人は矛盾を抱えて生きるのだと言う事、生きるという事は単純な事ではなく割り切れない様々な事柄、思いを受けいらなければならないのだと言う事を描いた、心のとても奥深い所に響いてくる、本当に良い映画だったと思います。全く日々を送る中で人間が何に一番苦しむのかといえば、自らが抱える様々な矛盾に苦悩しているわけですから。
 まだ公開中の作品ですから内容に触れるようなことは控えたいと思いますが、思っていた以上にメッセージ色が強かったように思います。謎のドイツ人の言葉を借りて監督は今の日本への警鐘を鳴らしているようにも思いました。
 このドイツ人が軽井沢のホテルでピアノを弾きながら歌ったdas gibt's nur einmal〜ただ一度だけ〜という歌をサロンにいた人々が自然に合唱するシーンは秀逸でした。一瞬の夢のようなはかない美しさだったと思います。
 「ただ一度だけ」という歌は『会議は踊る」というドイツ映画の主題歌で、有名な曲だと思いますが「風立ちぬ」全体に流れる久石譲さんの「旅路」と言う曲は、『ただ一度だけ』へのアンサーソングではないのかなぁと気になって仕方ありません。バリエーションというか変奏曲というか。。。。『ただ一度だけ』変奏曲。
 空を跳ぶシーン、大地震がやってきたシーン、緑が匂うような高原の景色などアニメとしての魅力も充分堪能できますが、これは全く子供向けのところのない正真正銘大人の映画でした。
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桐島、部活やめるってよ

 小説があるのは知っていましたが、小説より先に映画を見てしまいました。(図書館に夫が予約を入れているらしいのですが、なかなか順番が回ってこない)
 最初から最後まで桐島くんは出てこない、遠目のシルエットとしてちらりとぐらいの感じ。それなのに、桐島の周辺の高校生たちは桐島、桐島、と桐島の存在にすがりつくかのように事あるごとに口にします。彼らにとってのカリスマ、彼らの存在の正当性、自分たちが一番イケてる部類であるという証拠としてその名前を呼ばれる桐島くんってどんな人なのだろう、と思ってみていましたが、結局わからないままでした。
 いわゆるリア充のグループ、バレー、バトミントン等と、非リア充とされるグループ、映画部とか吹奏楽部にわけられているようですが体育会と文化部の対立とかいう単純なものでもなくて、実はリア充も非リア充もどこかでメビウスの環のように繋がって捻れているなぁと言うように見えました。
 なんでも器用にこなせてルックスも良くて女子にモテる桐島の親友菊池くん、それだけ揃っていたらもはや勝ち組、悩みなんて無いでしょうと思いましたが、何でもそつなく出来るために自分の人生に手応えを感じられない、夢中になれるものが見つからない、本人にとっては結構なモヤモヤを抱えていたりします。。。。。
 クライマックスの8ミリ越しに映る屋上での映画部と運動部の小競り合いは、なかなか圧巻でした。

昼間保護者会で娘の高校に行ってきた後だったので、映画に出てくる高校の昇降口とか廊下とか校庭の感じがとてもリアルに感じられました。

ブラックスワン〜怯えるヒロイン

 ダーレン・アロノフスキー監督 2010年アメリカ  ナタリー・ポートマン主演
  
 久しぶりにホラー映画を観ました。スプラッタものではなくて、正真正銘のホラー映画だと思います。
 駆け出しのバレリーナであるヒロインが「白鳥の湖」の主役を射止めて、厳しい稽古、周囲の妬みや敵意、自分の内面との戦いをへて、初日を迎えるまでが物語の大筋ですが、なんとも観ていて肩が凝る映画でした。
 全体に70年代の「サスペリア」や『オーメン」を思い出させる雰囲気で、ヒロインはずっと何かに怯えている。こう怯えてばかりでは、とても大役など務まらないだろう、というくらいの怯えぶりです。痛々しいほどの痩せた身体で、砕けた笑顔ひとつ見せない、いつも額に青筋を立てるような表情で歩きまわるヒロインを見ているだけで、こちらは十分不安な気分になりました。一体何に怯えているのだろう?嫉妬渦巻くバレー団か、女性に手が早いという監督か。
 話が進んでいくと、彼女の家庭は母子家庭らしい、母親も昔はバレリーナだったこと、群部でプリマになることを夢見ていたけど妊娠してキャリアをあきらめたらしいこと。その時既に28歳だったこと。現在はどうやらエキセントリックな絵を描く画家であるらしいこと、娘を溺愛していて自分の夢を託していること、などが明らかになっていきます。
 ヒロインの部屋はもう十分成長した娘の部屋としては異様に見えるベビーピンクとぬいぐるみで統一されていて、眠れない時はバレリーナが踊るオルゴールをママがかけてくれます。十分成長した娘の帰りが少し遅いだけで、ひっきりなしに母から着信があります。
 ヒロインでなくても、おかしくなりそうです。      
 映画中、何度もヒロインの肩や指先から血がにじむシーンが出てきます。手先、つま先、肩、あらゆるところから血をにじませる。現実にヒロインの自傷行為もあれば、幻覚もある。公演初日を迎えるまでのヒロインは、もう本当に精神を病んでいます。壮絶です。
 この映画は、白鳥、黒鳥両方を演じる大役のプレッシャーに押しつぶされそうなバレリーナの話という体裁をとりつつ、大人になってゆく娘の母からの自立、母の意思を汲み取って無意識に抑圧してきた自身の自然な欲望、怒り、喜び、衝動を自分の殻をぶち壊して自分のモノにする、怯える少女から一人前の女性になる、ある意味死と再生の物語だと思いました。
 

山の音

今週月曜日、12日は十五夜でした。
ベランダで気持ちばかりの月見和菓子とビールでささやかにお月見をしましたが、実に綺麗なお月様でした。

「お義父様、今夜はとってもきれいなお月様」
こんな会話を日頃耳にすることは滅多にありませんが、ことしの十五夜の月を見ていてふとこの言葉が耳に蘇りました。

『山の音』1954年 成瀬巳喜男監督 山村聰 上原謙 原節子 川端康成原作
だいぶ昔に観た映画ですが、大変印象深い映画です。
舞台は鎌倉。山村聰、長岡輝子の老夫婦と上原謙、原節子の息子夫婦が暮らしています。
上原謙演じる修一は不実な夫で、東京に女性を作っています。上原謙の酷薄さすら感じさせる美貌が、余計に不実な感じを醸しだしていました。(相手は会社の事務員や戦争未亡人)
原節子演じる菊子はけなげに婚家と夫に尽くす嫁ですが、その清純さがどこか夫の勘にさわるのでしょうか、甲斐甲斐しく家事をこなす妻も、夫の不実をわかっていて寂しさに耐えています。
老いてゆく心細さを抱える舅の山村聰が、そんな嫁を不憫に思い、菊子も夫との間よりも舅に対しての方が温かい感情を抱いています。
そんな中で、月夜に庭の井戸で水を汲みながら空を見上げた菊子が、家に入ってきて冒頭のセリフを言うのです。
白黒映画で、それほど月そのものがあの画面に出てたかどうか曖昧ですが、月を見上げる原節子の表情はちょっと忘れられません。
ただうっとりと見とれているようにもみえましたが、どこか放心したような、空虚なぽっかりとした表情にも見えました。

成瀬巳喜男らしい細やかな演出が随所に光る名画だと思います。
合わせて、終戦後少し落ち着きかけてきた頃の鎌倉の雰囲気、東京の感じなども楽しめます。
ラストは新宿御苑のプラタナス並木を眺める原節子と山村聰でした。




列車に乗った男

『列車に乗った男』2002年仏映画 監督パトリス・ルコント ジャン・ロシュフォール ジョニー・アリディ

冒頭の列車に乗った男のアップからひきこまれました。
ひきしまってはいるけれどざらざらした中年男の肌の質感、何か深刻な思い悩むような表情。一筋縄で行かない、荒んだ人生の年輪がくっきりと刻みこまれた顔。人間の顔とはここまで雄弁に物語るものなんだな、と改めて思わされた非常に印象深いシーンです。
男を乗せた列車はフランスの小さな田舎町に滑りこみ、この映画は始まります。。。

パトリス・ルコントの映画は『仕立屋の恋』『髪結いの亭主』『タンデム』三作しか見ていませんでしたが、この映画もきっととてもルコントらしいといえるのではないかと思います。
退職した初老の元高校教師と男の三日間の物語。正反対な人生を歩いてきた二人の一時の交流。旧知の間柄でもないのに、お互いの人生のその時だからこそ、心を通わすことができた、そんな感じは現実の世界でもあると思います。それ以前でもそれ以降でもなく、その時だったから知り合えた、というようなこと。
ライ・クーダーを思わせるようなスライドギターの響き、背景一つ一つがまるで印象派の絵のように美しくて、ぜひ一度みてください、とおすすめしたい映画です。



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