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初盆 娘の役目が終わるとき

再び放置状態になっていましたが、久々に更新する気分になりました。
しばらくガタガタと慌ただしかったのですが、気がつくともう今年も半分以上過ぎてしまいました。毎年同じ事を言っている気がします。

それでも今年の上半期は本当にいろいろありました、一番大きかったのは6月に8年闘病していた実父が逝ってしまった事。倒れてから言葉も出なくて、意思の疎通などほぼ不可能、病院に会いに行っても声をかけて目を見ることしかできませんでしたが、父が居てくれる以上は私は父の娘でいることができました。

これは11年前に逝った母の時にも強く思ったことですが、誰かの娘でなくなるという事は思っている以上に寂しいものです。
母がいなくなった後、実母ほど自分のことを心底から心配して考えてくれる人はいないのだ、とつくづく思いました。自分自身の家族が居て、配偶者とも極めて仲が良くてもそういう感覚が長く続きました。子育てと母の介護とダブルで大変な時間を10年近く過ごした後だったにも関わらずです。
父に関しても、親子らしい会話もなくひたすら双方にとって忍耐といえるような時間を過ごした後なのに「本当のところ、ホッとしたでしょ?」という気分にはなれませんでした。

思えば、私の幼少期は幸福でした。母のリュウマチもまだそこまで進んではおらず、大変しつけには厳しくて真面目一方の両親ではありましたが、落ち着いたゆったりとした安心できる環境でとても大切に育ててもらったのだということが、大人の目で今振り返るとよくわかるのです。両親が完璧だったとは微塵も思いません。人間らしい過ちや弱さもある人達だったと思います。
それでも、健やかで幸せな守られていた子供の頃の記憶があるから、私は頑張ってこられたのだと強く思います。それは何よりの財産として自分自身の中に太い根幹として在るのです。両親それぞれの晩年を看た私は、それは苦労だったのかもしれませんが、今は二人への感謝の思いしかありません。



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あけましておめでとうございます

 新年になって早くも3日が過ぎてしまいました。
 昨年に引き続き今年再び大学受験に挑む娘がいるため、このお正月も夫の実家の関西方面へは帰省せず東京で静かなお正月を迎えました。慌ただしく民族移動よろしく帰省するのも悪くはないのですが、両祖母の東京の家をそれぞれ訪れてお正月を迎えながら育ったので、私の中では正月こそ東京にいたい思いがあったりします。それは夫も自分の故郷に正月こそいたいと思うでしょうから、来年はまた慌ただしい民族移動の中に身を投じることになります。行けば楽しいので良いのですが。

 エジプトに暮らす友人が一時帰国中で、帰国以来多忙と発熱でダウンしてしまっているということで、彼女の実家に会いに行ってきました。東京近郊の、私にとっても出身地になる町は数年の間にめまぐるしい変わり方をしていて、昔隣の家の子と栗拾いに行った雑木林など全く跡形も無くなって、車の交通も年始のせいなのか随分多くなって、たまに母のお墓に訪れているにも関わらず驚きました。
 実家があった住宅地までバスで行き、降りたった停留所は子供のころ散々遊んだ公園の横で、その公園の記憶にあるよりもずっと小さいことにもっと驚いたのでした。
 よくよく見知っている(20年離れていても全く迷いません)昔遊びに行ったことがある家々を通りすぎて、昔と変わらない佇まいの彼女の実家を訪ねると、まだまだ小さいけれど元気いっぱいの彼女の娘と共に出迎えてくれました。ご両親に挨拶をして、後は小さなお嬢さんと彼女とお茶を飲みながら話をしていたのですが、小さなレディーが、目を見開いて一生懸命いろいろなことを私に話してくれて、子供の持つ圧倒的なエネルギーに力を貰えそうな気がしました。
 この小さい体のどこにこんなパワーがあるのだろう、私の娘も幼い頃はこうだっただろうか、と記憶を辿ったり。そういえばあの子も小さい頃はお客さんが来るというと大喜びをして当時住んでいた家の外壁の上に登って今か今かと眺めるくらいお転婆だったな、と思い出したり。途中難しくなってきたけれど最近そうでもないな、と思ったり。日本に来てから大好きになったという「妖怪ウオッチ」の話しを聞きながらいろいろな感慨を覚えました。記憶にあるよりも当然お年を召されたご両親を見て、私と彼女もそれなりに年をとってきているな、と思ったり。
 ともあれ、顔を見ることができて良かった、今度は遊びに来てね、とお宅を辞して再び住宅地を歩き、長期療養中の父の関係でお世話になった方のお宅も簡単にご挨拶だけの訪問を。亡き母の良いお友達だった小母さんが急に老けこんでしまって、元々が元気で明晰な方だっただけに心配になり、でも「あなたの事が心配だったのよ」と言われるとありがたいな、と思ったり。
 私がいた頃にはまだ開通していなかったTXの駅まで歩きながら、新しい町の始まりを感じ、また時の流れをとても強く感じた故郷訪問でした。

秋深し 冬の気配

 すっかり寒さが本格的になりました。木々の色とりどりの葉を見ながら自転車を走らせていると美味しい珈琲や温かい紅茶が恋しくなります。ぎりぎりこれぐらいの寒さまでが季節を楽しめる範囲でしょう。大昔は北海道に住んでみたいと思うほど寒さが気にならなかったのに、今ではもう考えただけでぞっとします。前冬の雪は本当にひどかった。。。

 ジャズに関してはほとんど開店休業状態の私のコースに久々に体験レッスンの方が来ました。一応何人かの先生に習ったことがあるということで三曲ほど書き譜を弾いてくれましたが、リズム感もあるし、関節も柔らかく、なかなか迫力ある演奏で、コメントを求められても、いいんじゃないですか、としか言いようがありませんでした。
書き譜、コピー譜をがんがん弾くことと、ジャズを演奏することの大きな違いをとっても感じたのですが、今の段階でそれを言っても理解しにくいと思って触れずにおきました。クラシックで上級まで行った人は書かれた譜面を完璧に弾かなければと頑張ってしまうのですが、そうするとジャズのテイストからどんどん離れていってしまうのです。
 私がジャズを始めた頃最初についた先生が、書き譜を弾くとあまり上手くなくて、先生なのにピアノが下手なのかしらと当初は思ったのですが、コードだけ付けられた譜面から先生が奏でる音はなんとも言えない香気、色気があって、そこにジャジーなコードの響きが加わって、ずっと聴いていたい、こんな風に弾けるようになってみたいと強く惹きつけられ、憧れたものでした。その気持ちは今でも私の中に在リ、いまだにジャズから離れられない理由の一つでもあります。華々しく弾くのではなく(演奏に華は必要ですが)、歌や会話のようなピアノを目指して、私自身の修行はまだまだ続きます。
 

阿佐ヶ谷ジャズストリート、再び

 今年で20歳!という阿佐ヶ谷ジャズストリートに行きました。誕生から2,3年した頃から、ストリート会場(無料)を見に行くことは何度かありましたが、数年前、急に山下洋輔を聴こうと思って金曜の夜にパブリック会場(要チケット)を訪れて以来、このイベントの真の楽しさをひしひしと感じるようになりました。
 数年前は金曜日だったこと、今回は多忙を極める一週間だったこと、そしてジャズピアニストの佐山雅弘氏が土曜日に出演するということ、などから土曜日の夕方から出かけてみました。
 
 またまたチケットを購入したテント前でタイムテーブルをにらんで、おおまかな予定をたてて、まず最初にそのバンド名が気になるジャパニーズジャズメッセンジャーズを聞きに小学校の体育館に。目当てのバンドの前の人達がまだ演奏中の中にはいると、女性ボーカル豊田チカさんのMCの真っ最中。何人か子供さんを育ててきたらしく、(まだ途中だと思います)3年ほどジャズの仕事を休んでいる間に童謡に接することがあって、そこからこの曲を歌います、といって始まったのは"月の砂漠”でした。しっとりしているのだけれど、ジャズのエキスがつまっていてなんとも素敵なアレンジに聞き入ってしまいました。途中で曲名は忘れてしまいましたが、有名なジャズナンバーがはさまって、月の砂漠でまた終わっていく。
 この豊田チカさんという方、最後の曲ではヴォーカルでここまでスキャット、アドリブ自在な人は見たことないくらいのヴォーカルを聞かせてくれました。凄いよね、のヒトコトです。今まで知らない人をこういう形で知ることができるので、楽しいのです。
 
 続いてジャパニーズジャズメッセンジャーズが始まりました。小林陽一(ドラム)ひきいるジャズメッセンジャーズもどき、などと言ったら怒られそうですが、アート・ブレイキーばりの太鼓っぽいドラムは終始ごきげんで楽しいステージでした。オリジナルの”大丈夫”という曲はなかなか良かったです。ジャズストリートに来なかったら、もしかしたら一生聴くことがなかったかもしれません。最後はチュニジアの夜を演奏してくれて、りあるジャズメッセンジャーズでなくても満足でした。本家にはメッセンジャーズを名乗る許可をもらっているらしいです。

 本当はこの後アメリカ人のイケメンピアニストを聴く予定だったのですが、時間が押してしまっていたので、迷わず南佳孝&佐山雅弘の会場である久遠教会へ。同じ目的の人が皆わきめもふらず猛進していく姿は本当にこのイベントのある意味醍醐味なのではないかとおもいました。そういう私も完全にその中の一人だったのですが。
 
 久遠教会は、20年近く前に知り合いの結婚式に招かれて行ったことがありましたが、当時よりずっと綺麗に新しく作りなおされていて、教会らしく居心地のよい場所になっていました。
 佐山雅弘氏にばかり気を取られていましたが、南佳孝をここで聴けるって凄いことなのじゃないの、と超満席の会場内を見回してみてから気が付きました。私が若い頃にはもう中堅どころのミュージシャンで、アイドルに曲を提供したりしてる人のイメージが強かったのですが、詰めかけている人達はどうみても60前後のリアルタイム佳孝ファンが多そうに見受けました。
 満を持して、南佳孝氏入場。続いてピアニストも。え、佐山雅弘って、あんなに痩せてたっけ?え?っと思っていると、南佳孝さんから『佐山さんは体調を崩して急遽入院中です」というお知らせがあり、代わりに古川初穂さんというピアニストが紹介されました。一度聞いてみようと思って来た私は軽くがっかりしてしまいましたが、他の人達はあまり意に介さないようで、熱心に南佳孝の話に聞き入っていました。
 ビリー・ジョエルの素顔のままで、から演奏は始まりましたが、ほとんど知らない状態で、いわば初めて出会った南佳孝はなんともいえず、発光していました。なんというかオーラをまとっている人で、さすがに40余年の長きに渡って音楽業界でやってきただけのことはあるのだなぁ、と演奏と関係ないところで感心してしまいました。MCも手慣れたもので、最近見た映画や小説の話をしていましたが、”悪童日記”が面白いこと、原作者が好きで、三部作になっているので読んでみてくださいなどという話を聞いていると、ラジオを聞いているような気分になりました。演奏はさすがに上手でした。


 

ビジー・アデール

  あまりに久しぶりなもので、途中で送信してしまいました。

 気がつけば10月になり、今夜は(日付はかわりましたが)皆既月食でした。家の近く、小金井公園で家族と天体ショーを見てきました。偶然夫の誕生日と重なって、ちょっとした忘れられない夜になりそうです。
 じわじわと欠けていく月を見ながら公園まで自転車を漕いで、芝生に腰を下ろした時は、半分以上がうっすらと月は影に覆われていました。上部に白いところを残した状態になったところは何だかお菓子の鈴カステラにそっくりでした。やがて影はほぼ月全体を覆いましたが、想像と違って真っ黒にはならずに、くすんだ赤銅のような色になり、むしろ月がとても立体的に見えて、ああ本当に球体なんだな、と妙な感心をしたのです。なかなか面白い経験でした。

 最近久しぶりに気に入ったジャズピアニストがいます。ビジー・アデールというアメリカ人で御年70超えの筈ですが、とても女性らしい演奏をする人で、たまたま入手した彼女のコピー譜を弾いているうちに平易に聴こえる演奏が実は大変高度な物であること、にも関わらず聴くものに少しも難解な気分にさせないところにとても惹かれて毎日彼女のコピーを弾いています。長いことナッシュビルでミュージシャンとして活動していて、日本には数年前に初めて紹介されたらしいのですが、その時のj-popのジャズアレンジも良いのですが、やはりスタンダードが素晴らしいと思いました。長年彼女の中に蓄積された経験や感性が滋養のように滲みでてくる演奏は、男性には出せない味わいと思えます。ずっとお元気で活動して頂きたいものです。

http://www.youtube.com/watch?v=MudDfREGKOc

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